両親が東京から大阪に移ってきた時長いこと住んでいた自宅を売却した。
都内にあるものの、23区外の緑の多い住宅街。
駅からも遠く、本当に閑静だ。

朝は鳥の声で目覚め、夜はベランダから星を観測することも十分にできた。

近くのスーパーは品数少なく、車の使えなくなった父は苦労していた。

OLの頃はハイヒール履いて坂道を登ったり降りたりで、靴の修理もままならず、
New Yorkerがスニーカー通勤してくれた時は、凄く嬉しかった。

駅前に住む友達が羨ましくて父を恨んだこともあったなぁ。

両親が大阪にやってきた頃、グーグルで家の辺りを見てたら、まだ実家の赤い屋根があって驚いた。
なるほど、まだ更新されてないんだな。
田舎だから5年はきっと更新されないだろう。とか思って眺めていた。

あれから5年以上経ち、グーグルを覗くと赤い屋根は青い屋根に変わっていた。

私の実家はまだ下にある。
だれも住んでないけど、まだ下にある。
そう思ったけど、初めて涙が出た。

やっぱり子供の頃から育った場所だからね。
隅々まで覚えてる。

記憶の中の両親が笑い、私もまだ幼く、妹達も。
お祭りで夜遅く帰ってきた時、締め出され縁側に座ってたら父が雨戸を開けてくれた事。

大雪で雪かきした事。

初めの頃は笑いの多い家だったけど、いつの間にか寂しい場所に変わってたらしい。

私が家を出て20年してまた一緒に住む事になって私は古い実家の事など、すっかり忘れていた。
荷物も整理できたし丁度良かった、ぐらいにしか考えなかった。

青い屋根を見たときに涙が出たのは、びつくりしたからだ。
まだ帰れると思ってた。
でも、ないんだね。

どちらにしろ、両親は居ない。

最近いろんな人が亡くなって時代が変わっていくのを感じる。
いつの間にか、私達が背負う立場になってたと初めて気がつかされた。

時代は変わっていくんだな。


ふぅ〜。



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